大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)74号 判決

静岡県浜松市寺島町二〇〇番地

原告

株式会社河合楽器製作所

右代表者代表取締役

河合滋

右訴訟代理人弁護士

高村一木

静岡県浜松市中沢町一〇番一号

被告

ヤマハ株式会社

(旧商号日本楽器製造株式会社)

右代表者代表取締役

川上浩

右訴訟代理人弁護士

吉武賢次

神谷巖

右訴訟代理人弁理士

佐藤一雄

主文

特許庁が、同庁昭和六二年審判第四七六二号事件について、昭和六三年二月二九日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた判決

一  原告

主文同旨

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

被告は、発明の名称を「化粧合板の製法」とする特許第一二五一九〇三号(昭和四六年九月一八日実用新案登録出願(実願昭四六-八四四六九号)、昭和五二年六月九日特許法第四六条第一項の規定により特許出願に出願変更、昭和五八年一〇月二一日出願公告(特公昭五八-四七三四七号)、昭和六〇年二月二六日設定登録、以下「本件特許」といい、その発明を「本件発明」という。)の特許権を有する者であるところ、原告は、被告を被請求人として、昭和六二年三月二六日、本件特許を無効とすることについて審判を請求した。

特許庁は、右請求を同庁昭和六二年審判第四七六二号事件として審理の上、昭和六三年二月二九日「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決をし、その謄本は同年三月一九日原告に送達された。

二  本件発明の要旨

化粧用単板と熱硬化性樹脂含浸硬化紙層と芯材とを貼り合わせて積層して合板を作る工程(1)および然る後に該工程(1)で得られた合板の表面層たる化粧用単板の表面に透明塗装を施す工程(2)からなることを特徴とする化粧合板の製法。

三  本件審決の理由の要点

1  本件特許の出願日、設定登録日は第一項のとおり、本件発明の要旨は第二項のとおりである。

2  審判請求人(原告)の主張

審判請求人(原告)は、「本件特許を無効とする。審判費用は審判被請求人の負担とする。」との審決を求め、その理由として概略以下のとおり主張した。

(一) 化粧表面材として化粧単板を用いることは、本件特許明細書にも記載されているように従来普通に行われている。

(二) 化粧表面材と芯材との間に熱硬化性樹脂含浸硬化紙層を介在させたことによって本件発明が奏する作用効果を、審判事件甲第一号証(本訴甲第三号証。以下特に記載しない限り、書証番号は本訴における番号である。)として提出した英国特許第八六五八五二号明細書(以下「引用例」という。)も同様に備えている。

(三) 化粧用単板の表面に透明塗装を施すという工程自体もきわめて慣用的な技術である。

(四) したがって、本件発明は、引用例から当業者が容易に発明をすることができたから、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができない。

3  本件審決の判断

(一) 本件特許明細書の記載、たとえば「化粧用単板が薄い天然木材のスライスでかつ芯材が木材であるため」(甲第二号証2欄二三行から二四行まで)、「従来の化粧合板の製法として、化粧用単板と添芯単板(一・五~二mm程度の木材板からなる)」(甲第二号証2欄三三行から三四行まで)等の記載からみて、本件発明の目的とする化粧合板は、芯材と化粧用単板を積層した全体が木材板であって、このような構成にもとづいて、「周囲の温度変化により芯板の内部に伸縮等が起こり、これが凹凸となって平滑に仕上げた塗装表面に現出し易すかった」(甲第二号証2欄九行から一一行まで)、及び「該化粧合板は全面が木材のため、芯材の動きを遮蔽する力または強度が添芯単板にも不足する」(甲第二号証3欄八行から一一行まで)等の技術課題が存在したことが認められる。

そして、本件特許明細書の記載からみて、本件発明においては、上記熱硬化性樹脂含浸硬化紙層を使用することにより上記技術課題を解決し、上記化粧合板の製造後の芯材の温湿度変化による芯材の動きを規制し、透明塗膜の平滑性を保持するという作用効果を奏することは明らかである。

(二) これに対して、引用例には「熱硬化性樹脂を含浸させた一枚の繊維性材料から成る化粧仕上げ面をもつ木材繊維パネル、チップボードパネル又は各種パネルを製造するための方法であって、これらパネルにおいては、熱硬化性樹脂を含浸させ、使用前に完全に硬化させられたクラフト紙又は別な繊維材料から成る一枚又はそれ以上の中間層フィルムが化粧箔と基材間に挿入され、接着剤により、そこへ固定され、そして互いに固定され、化粧仕上げ面に対して固定される方法。」という記載(引用例の特許請求の範囲)、「硬化されたフィルムは、流動性がない層であり、したがって中間層フィルム上に基材の構造を再現することのない層である。さらに、加熱、加圧処理をしたときに中間層フィルムがそれ以上変形することは経験上ないから、前述の収縮を生じさせるという望ましくない傾向は生じない。このため加圧加工した木材ファイバーパネル、木材チップパネル、合板又は複合パネルの表面に完全に平坦で、でこぼこのない、非難の余地のない化粧仕上げ面を形成することができる。」という記載(引用例二頁左欄三二行から四二行まで)、及び「これらの中間層フィルムは、プレス加工の熱を受けたとき、非常に硬いという点で優れており、基材の表面凹凸部や孔部を横切って橋をかけるのである。さらに木材チップは、硬化された中間層フィルム内に入りこむことはできない。」という記載(引用例二頁右欄六九行から七四行まで)が存在する。

(三) これら引用例の記載からみて、引用例の発明(以下「引用発明」という。)において、そこで使用する熱硬化性樹脂を含浸した繊維材料からなる化粧仕上げ材を加熱硬化したものが、本件発明の化粧用単板に相当すること、及び引用発明の目的物のパネルは、チップボードなどの基材上に接着剤層を置き、この上に前記化粧仕上げ材を置き、これらを加熱加圧して接合一体化したものであることを考慮すると、引用発明には、本件発明の解決した上記技術課題は存在しないし、そこで使用する熱硬化性樹脂含浸硬化紙層の作用機能も、目的物のボードの製造工程の加熱加圧処理で生ずる技術課題を解決するものであって、本件発明の熱硬化性樹脂含浸硬化紙層とは作用機能を異にする、と認められる。

(四) この点について、審判請求人(原告)は、引用例の「硬化されたフィルムは流動性がない層であり、従って中間層フィルム上に基材の構造を再現することのない層である。」という記載は、本件特許明細書のその発明の効果についての説明における「熱硬化性樹脂含浸硬化紙層により温湿度変化によって芯材中に生ずる動きが規制され安定化されるので、最初の平滑性が保持される」という記載と内容的には同じことを言っている、と主張しているが、先に摘示した各引用例の記載からみて、この引用例の記載も、先に認定した通りの、その製造工程の加熱加圧処理で生ずる技術課題が解決されることを示唆したものにすぎないと認められ、この審判請求人(原告)の主張は採用することはできない。

(五) 以上述べた通り、本件発明と引用発明で使用する熱硬化性樹脂含浸硬化紙層は、その作用機能を異にし、かつ引用発明には、本件発明の解決した技術課題が存在しないこと、さらには本件発明は、その要旨とするところにより、本件特許明細書に記載のすぐれた効果を奏し得たものであると認められることを考慮すると、本件発明は、引用例の記載から、当業者が容易に発明することができた程度のものである、ということはできない。

(六) なお、審判請求人(原告)は、審判被請求人(被告)が本件発明が奏すると主張する、「化粧用単板と熱硬化性樹脂含浸硬化紙層と芯材とからなる積層合板を塗膜形成に先がけて完成させるので、透明塗装の素地となる化粧用単板の下に熱硬化性樹脂含浸硬化紙層が存在することになり、化粧用単板の下に硬質でかつ安定な基板が形成される。このため、塗装素地としての化粧用単板が安定し、これによっても透明塗膜の表面平滑性が向上する。」との効果、及び塗装化粧合板の品質の特異性については、本件特許の出願当初の明細書には記載がない、と主張するが、前記の点は、本件発明の構成及び本件特許明細書の他の記載から容易に想定される程度のものと認められるから、本件発明の効果として認めることができる。

4  以上の理由により、本件無効審判請求人(原告)の主張と提出した証拠によって、本件特許を無効とすることができない。

四  本件審決を取り消すべき理由

本件審決は、引用発明の技術的内容の認定を誤り(認定判断の誤り第1点)、本件発明の進歩性についての判断を誤って(認定判断の誤り第2点)、本件特許を無効とすることができないとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなくてはならない。

なお、本件審決中、前記三(本件審決の理由の要点)3(一)(二)の認定判断は認める。

1  引用発明の技術的内容の誤認(認定判断の誤り第1点)

(一) 本件審決は、引用発明の技術内容を、具体的に明確に認定せず、引用例中の特許請求の範囲及びその他の部分に前記三3(二)に摘示した記載があることを認定したのみで、同三3(三)のとおり認定判断している。

(二) 右三3(三)の認定判断の前半の、「引用発明において、そこで使用する熱硬化性樹脂を含浸した繊維材料からなる化粧仕上げ材を加熱硬化したものが、本件発明の化粧用単板に相当すること、及び引用発明の目的物のパネルは、チップボードなどの基材上に接着剤層を置き、この上に前記化粧仕上げ材を置き、これらを加熱加圧して接合一体化したものであること」の部分は、その記載内容からみて、本件審決が引用例中の特許請求の範囲や作用効果の記載に基づいて本件発明と対比することのできる構成として認定した引用発明の技術内容とみることができる。

即ち、本件審決が認定した右引用発明の構成の骨子は、基材と化粧仕上げ材とを貼合わすという製法である。そして、その基材はチップボードなどであり、化粧仕上げ材は熱硬化性樹脂を含浸した繊維材料からなるもので、加熱硬化したものであり、基材と化粧仕上げ材との貼合わせは両者の間に接着剤層を置き、これらを加熱加圧してパネルを製作するものであるという技術的内容を認定しているものとみることができる。

もっとも、化粧仕上げ材については、「化粧仕上げ材を加熱硬化したものが、本件発明の化粧用単板に相当すること」という文面だけからみると、その「加熱硬化」は加熱加圧後のでき上がったパネルにおいて「加熱硬化」したものになっているというだけで、その「加熱硬化」が製造過程中に行われたか、製造過程前に行われたかは必ずしも明らかではない。しかし、本件審決は、「引用発明の目的物のパネルは、チップボードなどの基材上に接着剤層を置き、この上に前記仕上げ材を置き、これらを加熱加圧して接合一体化したものである」と認定するから、「化粧仕上げ材」と「基材」とは接着剤により接着されると認定されていることになる。そうすると、この製法において接着剤層の上に置かれた「化粧仕上げ材」というのは、その接着に接着剤を必要としない「加熱硬化前のもの」を予定しているとみることはできず、「熱硬化性樹脂を含浸した繊維材料からなるもの」で、その使用の前に既に加熱硬化を終わっているものであるとみざるを得ない。

したがって、本件審決が認定した引用発明の構成を本件発明の構成と対比しやすいようにまとめると、「熱硬化性樹脂含浸硬化繊維層または紙層からなる化粧仕上げ材と基材とを接着剤で貼り合わせ積層して合板を作る工程からなる化粧合板の製法」となる。

(三)しかしながら、引用例の明細書の特許請求の範囲に記載された発明の技術内容は、本件審決が認定したようなものではない。

引用例の明細書の特許請求の範囲第一項には、「熱硬化性樹脂を含浸させた一枚の繊維性材料から成る化粧仕上げ面をもつ木材繊維パネル、チップボードパネル又は各種合板パネルを製造するための方法であって、これらパネルにおいては、熱硬化性樹脂を含浸させ、使用前に完全に硬化させられたクラフト紙又は別な繊維性材料から成る一枚又はそれ以上の中間層フィルムが化粧箔と基材間に挿入され、接着剤により、そこへ固定され、そして互いに固定され、化粧仕上げ面に対して固定される方法」と記載されている。

この特許請求の範囲中には、このパネルを構成する素材として、中間層フィルムと化粧箔と基材の三つが挙げられている。この化粧箔と化粧仕上げ面とは名称は異なるが同じ素材を示しているとみることができるから、「熱硬化性樹脂を含浸させた一枚の繊維性材料から成る化粧仕上げ面」とこの化粧箔は同じものである。そして、基材と中間層フィルム、中間層フィルムが数枚のときは中間層フィルム同士、それぞれが接着剤で接着され、化粧仕上げ面と中間層フィルムとは通常加熱加圧で接着されることが示されている。

即ち、引用例の特許請求の範囲に記載された発明の構成を本件発明の構成と対比し易いように記載すれば、「熱硬化性樹脂を含浸した繊維性材料からなる化粧仕上げ面と熱硬化性樹脂含浸硬化紙層と基材とを貼り合わせ積層して合板を作る工程からなる化粧合板の製法」ということになる。

(四) 右の引用例の特許請求の範囲に記載された発明の技術的内容と、本件審決の認定した発明の技術的内容を比べてみれば、その相違は一目瞭然であり、本件審決の認定には、引用例のパネルを構成する素材である「使用前に完全に硬化させられたクラフト紙又は別な繊維性材料から成る一枚又はそれ以上の中間層フィルム」、即ち、「熱硬化性樹脂含浸硬化紙層からなる中間層フィルム」が欠落している。

右のとおり、引用発明の技術的内容についての本件審決の認定判断は誤りである。本件発明の構成において、中間材として「熱硬化性樹脂含浸硬化紙層」を介在させることは重要な要素であるから、これと対比すべき引用発明の技術的内容の認定において、「熱硬化性樹脂含浸硬化紙層からなる中間層フィルム」を欠落するという誤りは重大であって、本件審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、本件審決は取消しを免れない。

2  本件発明の進歩性判断の誤り(認定判断の誤り第2点)

(一) 本件特許明細書には、従来例が二つ記載されている。

第一の従来例は、芯材に木材の化粧用単板を塗装台板として接着し、その上に透明塗装を施して作る製法であり、第二の従来例は、化粧用単板と添芯単板と芯材とを接着重合して積層合板を作り、次に透明塗装を施す製法であって、第一の従来例については、周囲の温度変化により芯板の内部に伸縮等が起こり、これが凹凸となって平滑に仕上げた塗装表面に現出し易いという欠点があり、第二の従来例には、「該化粧合板は全面が木材のため、芯材の動きを遮断する力または強度が添芯単板にも不足する」という欠点のあることが記載されている。

この二つの従来例は、本件特許明細書の記載からみて、第二の従来例の方が第一の従来例の欠点を除こうとして考え出され、しかもなお前記第一の従来例の欠点を除ききれないという関係にあり、その欠点の除き切れない理由が、前述の欠点としてあげられている添芯単板の芯材の動きに対する遮蔽力または強度不足にあるということである。

本件発明と前記第二の従来例とを比べてみると、本件発明は、この第二の従来例における添芯単板を熱硬化性樹脂含浸硬化紙層に置き換えたものであることが直ちに理解できる。

本件発明の特徴は、その特許請求の範囲に記載されたとおりであるが、進歩性の有無を問われるのは、右第二の従来例との関係からみて、化粧単板と中間材と芯材とを貼り合わせ積層して合板を作る製法において、その中間材として、熱硬化性樹脂含浸硬化紙層を採択した点にある。

(二) 本件特許明細書には、第二の従来例については、「該化粧合板は全面が木材のため、芯材の動きを遮断する力または強度が添芯単板にも不足する」という欠点のあることが記載されている。

この添芯単板の芯材の動きに対する遮蔽力又は強度不足ということは、周囲の温湿度変化による芯材内部の伸縮等で芯材表面に凹凸ができ、そのような芯材表面にできた凹凸により添芯単板の形状が変わり添芯単板の表面に芯材表面と同じ凹凸ができ、その凹凸により化粧単板の形状が変わり、平滑に仕上げた化粧単板の表面に芯材表面の凹凸と同じ凹凸が生ずるということである。つまり、芯材の動きがあっても、中間材が形状を変えないということであれば、化粧単板の表面に芯材の動きは伝わらないということであり、それが芯材の動きを遮断する力又は強度が十分であるということである。

このような第二の従来例の欠点の意味からみて、本件発明の課題は、周囲の温湿度変化による基材の変形によって変形することのない中間材を探すということであるとみることができる。

そして、本件発明は、その課題を解決する中間材として、熱硬化性樹脂含浸硬化紙層を採択したのである。

(三)(1) 引用発明においては、その発明にとっての従来例として、木材繊維、チップボード及び各種合板の上に、フェノール樹脂を含浸させたクラフト紙を中間フィルムとして重ね、その上に熱硬化性樹脂を含浸させた化粧面を重ねて加熱加圧してパネルを製造する方法を始め、中間材を用いる各種のパネルの製法を記載し、これら各種の製法においては、中間材が基材の凹凸に従って変形するために、化粧面上にその基材の凹凸が現出し均質な面の形成を妨げることを従来例の欠点としてあげている(甲第三号証一頁四三行から二頁二二行まで、甲第三号証訳文三頁八行から六頁三行まで)。

この場合における中間材の変形の原因として記載されているのは、製造工程中の加熱加圧であるが、加熱加圧されるものが木材である芯材を含み、木材が全く水を含まないことはないから(甲第五号証の二、一五頁一行から二行まで)、その水分の多少により湿度の程度は異なるにしても、加熱加圧による右水分の湿度変化が芯材の動きに影響を与えることは疑いなく、製造工程中の加熱加圧は強烈な温湿度の変化であり、引用例の場合にも従来例の欠点としてあげているのは、中間材が温湿度に対して変形しないという点で十分でないということであり、温湿度変化に対して十分な対抗力を持つ中間材を探すことが、引用発明の課題であるということができる。

(2) そして、引用例は、その課題を解決する中間材として、熱硬化性樹脂含浸硬化紙層を採択した。

そして、その作用効果は、中間層フィルムとしての熱硬化性樹脂含浸硬化紙層について、「硬化されたフィルムは、流動性がない層であり、従って中間層フィルム上に基材の構造を再現することのない層である。さらに、加熱、加圧処理をしたときに中間層フィルムがそれ以上変形することは経験上ないから、前述の収縮を生じさせるという望ましくない傾向は生じない。このため加圧加工した木材ファイバーパネル、木材チップパネル、合板又は複合パネルの表面に完全に平坦で、でこぼこのない、非難の余地のない化粧仕上げ面を形成することができる」(甲第三号証二頁三二行から四二行まで、甲第三号証訳文六頁一〇行から一八行まで)と記載し、その再現性のないという作用効果が加圧加熱される製造時の苛酷な条件下においてもなお維持されることを述べる。

(四)(1) 本件発明の技術課題は、前記(一)(二)のとおり、基材の周囲の温湿度変化によって変形せず、またそれ自体周囲の温湿度変化によって変形することのない中間材を探すということであるが、引用発明の技術課題は、温湿度変化に対して十分な対抗力をもつ中間材を探すことであるから、両者の技術課題は同じである。

そして、その技術課題を解決する中間材として採択したのは、いずれも熱硬化性樹脂含浸硬化紙層であって全く同じである。

(2) ただ、本件発明の場合は、製作後の経時的な温湿度変化によって変形しないものであるのに対し、引用発明の場合は、加熱加圧時の温湿度変化によって変形しないものしか記載されていないという点の相違がある。

即ち、本件発明において作用効果として記載されるのは、本件発明の方法により製作された製品が経時的な温湿度変化により変形しないことであり、したがって、本件発明の中間材として熱硬化性樹脂含浸硬化紙層を採択するに当たっては、その製作後の経時的な温湿度変化による変形の有無が考慮されるであろう。これに対し、引用発明において中間材としての熱硬化性樹脂含浸硬化紙層について、温湿度変化による変形がないというのは、加熱加圧時におけるものであって、製作後の製品の経時的な温湿度変化による変形の有無については何の記載もない。

(3) しかしながら、周囲の温湿度変化による基材の変形によって変形することのない中間材を探すということを技術的課題としている者にとって、この引用例に接した場合、化粧単板と中間材と芯材とを貼り合わせ積層して合板を作る製法における中間材として、この熱硬化性樹脂含浸硬化紙層を使用することをちゅうちょするものがあろうか。

たしかに、引用例には、加熱加圧時に変形しないという記載しかないが、加熱加圧時の温湿度変化は強烈であるから、それに耐えることができるならば、当然製作後の製品の経時的な温湿度変化による変形はないとみるのが常識的である。

熱硬化性樹脂含浸硬化紙層を本件発明に取り入れるに当たって、製作後の製品の経時的な温湿度変化による変形のないことを予測するのに常識を働かせただけであるものについて、その点に創作性があるとは、到底いえない。

被告は、加熱加圧時の変形と合板製造後の経時的な温湿度変化による変形とは技術的意義が異なると主張するが、熱硬化性樹脂を加熱加圧して硬化させた硬化済みのものが耐熱性及び耐水性において極めて優れた性質を有することは、熱硬化性樹脂の接着剤により接着した合板における硬化済みの接着剤の効果として本件特許出願前周知の事実である(甲第五号証の二、三)。このような効果を奏する場合の接着剤の状態は硬化済みの熱硬化性樹脂が合板の中間材として存在している状態であり、その状態において右の効果が奏されるのであるから、熱硬化性樹脂の硬化済みのものである熱硬化性樹脂含浸硬化紙層を中間材として使用する合板においても、その中間材は製造中の温湿度の変化に対しては勿論、製造後の経時的な温湿度の変化に対してもその形状を変化することがないことは、当業者には自明のことである。

(五) 以上のとおりで本件発明には進歩性はなく、その特許は無効とされるべきであるのに、本件審決は、本件発明に進歩性があると、誤った認定判断をしたものである。

第三  請求の原因に対する認否及び被告の主張

一  請求の原因一ないし三は認め、同四中、後記認める部分以外は争う。本件審決の認定判断は正当であり、原告主張の取消事由はない。

二  認定判断の誤り第1点について

1  請求の原因四1(一)中、本件審決が、請求の原因三3(三)のとおり認定判断したことは認める。

また、本件審決が、引用発明の技術的内容(構成要件)を明示的に認定したものでないことは認めるが、引用例の特許請求の範囲の記載を引用することによって黙示的に認定したものである。

特許請求の範囲の記載は、出願された発明に関する記載中でも最も重要であって、特段の事情のない限りその要旨を成すものである。本件発明の場合も特段の事情は何ら存在せず、これが引用発明の要旨であり、特許庁の審判官の合議体がこれを誤解することはあり得ない。したがって、引用発明の特許請求の範囲を正しく引用した以上、引用発明の技術内容を正しく認識していることが明らかである。

2  請求の原因四1(二)は争う。同所で引用された本件審決の部分は、引用発明の技術的内容(構成要件)ではない。本件発明が解決しようとした技術課題と引用発明が解決しようとした技術課題とを比較した部分であり、引用発明の技術的課題及び作用機能を抽出するために有用な事項を述べたものに過ぎない。右部分には、若干の舌足らず又は誤記があるに過ぎず、本件審決は中間層フィルムたる熱硬化性樹脂含浸硬化紙層の存在を認識していた。

引用発明の構成要件は、右1のとおり特許請求の範囲の記載を引用することによって、別途黙示的に認定されている。

したがって、本件審決が認識していた引用発明の内容を構成要件的に表せば、「熱硬化性樹脂を含浸した繊維材料からなる化粧仕上げ面と熱硬化性樹脂含浸硬化紙層と基材とを貼り合わせて合板を作る工程からなる化粧合板の製法」となる。

そもそも、本件審決においては、本件発明の要旨を認定する必要はあっても、引用発明の要旨を認定する必要はないのであって、引用発明から本件発明が容易に推考できるかどうかを判断すれば足りるのである。そして、引用発明の解決しようとした技術的課題は、本件審決が認定したとおり「目的物のボードの製造工程の加熱・加圧処理で生ずる技術課題」であって、本件発明の解決しようとした技術課題とは明らかに異なる。また、引用発明中の熱硬化性樹脂含浸硬化紙層の作用機能が右課題を解決する為のものであって、本件発明の熱硬化性樹脂含浸硬化紙層の作用機能と異なることは明らかであり、本件審決のこの点に関する判断には何らの誤りもない。

3  請求の原因四1(三)中、「しかしながら、引用例の明細書の特許請求の範囲に記載された発明の技術内容は、本件審決が認定したものではない。」との部分は争い、その余の部分は認める。

4  請求の原因四1(四)は争う。本件審決の認識した引用発明は、構成要件的に表せば、右2のとおりであって、中間層フィルムである熱硬化性樹脂含浸硬化紙層を含んでいるのであり、中間層フィルムを欠落したわけではない。

本件審決は、請求の原因三3(二)のとおり特許請求の範囲の記載の引用に引き続き、「硬化されたフィルムは、流動性がない層であり、したがって中間層フィルム上に基材の構造を再現することのない層である。さらに、加熱、加圧処理をしたときに中間層フィルムがそれ以上変形することは経験上ないから、前述の収縮を生じさせるという望ましくない傾向は生じない。」及び「これらの中間層フィルムは、プレス加工の熱を受けたとき、非常に硬いという点で優れており、基材の表面凹凸部や孔部を横切って橋をかけるのである。さらに木材チップは、硬化された中間層フィルム内に入りこむことはできない。」と認定判断し、さらに、請求の原因三3(三)のとおり、「そこで使用する熱硬化性樹脂含浸硬化紙層の作用機能も、・・・」と述べられていて、これらは、まさしく引用発明の構成に合致している。この点からも、本件審決が中間層フィルムの存在を含めて、引用発明を正確に把握していたことが明らかである。

請求の原因四1(二)に指摘された部分には、中間層フィルムの存在が明示されていず、若干舌足らずの観があるが、おそらく本件審決は、引用発明においては、化粧仕上げ面と中間層フィルムとが合板製造後には一体化して、一つの層をなすに過ぎない点を念頭に置いたため、このような表現をしたものと思われる。右のような本件審決の認定判断に誤りがあったとしても、それは単なる誤記に過ぎず、本件審決を取り消す事由とはならない。

三  認定判断の誤り第2点について

1  請求の原因四2(一)は争う。

本件発明は、ピアノ、オルガン、家具等の表面に使用される化粧合板が、天然銘木の木目を活かした美しい美観を得ることを目的とする(甲第二号証1欄二五行から二九行まで)。そして、表面の化粧用単板は天然銘木からなり、柔らかくてキズが付き易い上に汚れも付き易いので、これを保護する為に塗装層が必要であり、かつ木目の美しさを現出するにはその塗装層の表面は鏡面である必要がある(甲第二号証1欄三五行から三六行まで、3欄一五行目参照)。そこで、四回にも及ぶ下塗、サンデイング、上塗、研磨を経るという具合に多大の手間を掛けるのである。しかし、それでも合板製造後に、塗装部分の基材をなす芯材や化粧用単板が温湿度の変化に伴って伸縮し、せっかく仕上げた鏡面がゆがみを生じてしまう(甲第二号証3欄七行から八行まで)という大きな問題があった。

本件発明においては、特許請求の範囲記載のとおり、〈1〉化粧用単板と熱硬化性樹脂含浸硬化紙層と芯材とを貼り合わせて積層して合板を作り、〈2〉この合板の化粧用単板の表面に透明塗装を施す、という二つの工程を経ることとし、このような工程を経ることにより、単板と芯材の中間に極めて安定な熱硬化性樹脂含浸硬化紙層が入るので、〈1〉これに接する塗装下地面としての化粧用単板が安定し、塗装層の表面平滑性が向上する、〈2〉熱硬化性樹脂含浸硬化紙層の上下の化粧用単板及び芯材の外界の湿気等による膨張、収縮を阻止し、ゆがみが生ずるのを防ぐ、という効果を奏する。こうしてピアノ、オルガン、家具等の鏡面状仕上げ塗装面を容易に得ることができるようになった。

これが、本件発明の特徴である。

本件明細書には、第二の従来例の欠点として、「該化粧合板は全面が木材のため、芯材の動きを遮蔽する力または強度が添芯単板にも化粧用単板にも不足する。」と記載されているが、原告は、故意に「化粧用単板にも」の部分を無視したものである。

本件明細書に記載された第一及び第二の従来例の間には、原因結果又は理由結論の関係はない。本件明細書は、単に、第一の従来例から塗装工程の簡潔化と塗装の品質向上という本件発明の第一の目的を導き(甲第二号証2欄二三行から三二行まで)、第二の従来例から芯材の動きが合板表面まで伝導するのを防ぎ、且つ塗装表面から水分が合板内部まで拡散伝達(または移動)するのを防ぐという本件発明の第二の目的を導いている(甲第二号証3欄四行から一六行まで)のにすぎない。

原告は、前記のとおり、故意に「化粧用単板にも」の部分を欠落させ、第二の従来例の欠点が添芯単板即ち中間材の強度不足であり、第一の従来例、第二の従来例、本件発明が一つの方向、即ち、中間材の強化に向けられたものの如くに述べているが、これは事実に反する。

2  請求の原因四2(二)は争う。

本件明細書には、第二の従来例の欠点として、「芯材の動きを遮蔽する力または強度が添芯単板にも化粧用単板にも不足する」と記載されており、ここからは直ちには、原告が主張するように、中間材の強度のみを問題にすることはできないはずであり、ましてや水分の拡散伝達を防ぐという本件発明の第二の目的が出てくるわけのものではない。原告の主張には論理の飛躍がある。

本件発明では、中間材が変形しないことによって、周囲の温湿度変化による影響を芯材よりも極めて大きく被りやすい化粧用単板の温湿度変化による膨張収縮も妨げるという、第二の従来例の欠点からは想像もつかない効果が生じているのであり、原告はこの点を無視している。

3  請求の原因四2(三)の(1)は争う。

原告は、あたかも引用例が従来例の欠点として挙げているのが中間材の強度だけであるかの如きいいかたをしているが、引用例の該当個所をみると、樹脂の流れ、気泡の発生、フィルムの収縮の三点が従来例の欠点として挙げられている。原告は、中間材の強度だけを問題とすることによって、論旨を自らの主張に合うように変えているのである。

さらに原告は、合板製造時の加熱加圧は強烈な温湿度の変化である旨主張するが、加熱加圧である以上強烈な温度の変化はあっても、強烈な湿度の変化なるものは存しない。原告は、加熱加圧されるものが木材である芯材を含み、木材が全く水を含まないことはないから、加熱加圧による右水分の湿度変化が芯材の動きに影響を与えることは疑いない旨主張するが、木材の水分の含有量は数%程度に過ぎず(甲第五号証の二、一五頁三行目)、特に水分を供給してやるのでもない限り、強烈な湿度変化等が起こるわけもない。まして、本件発明では、中間層の芯材側はともかく、化粧用単板側は〇・三ないし一・五mm程度のごく少量の木材しかないのであるから、そこから出てくる水分は、僅かのものでしかない。

請求の原因四2(三)の(2)は認める。

4  請求の原因四2(四)の(1)は争う。

本件発明の技術的課題は、明示されているように、塗装工程を簡潔化し塗装の品質向上を図ること、芯材の動きが塗装表面まで伝導することを防ぐこと、塗装合板の表面から水分が合板内部まで拡散伝達するのを防ぐことにある。これらの目的は、原告がいうように単純化できるものではない。

引用発明の技術的課題に湿度の変化に対抗するという点がないことは前記のとおりである。

更に、引用発明が問題とする平滑性の程度は本件発明と全く異なる。

引用発明における、製造工程における加熱、加圧に耐えて平滑性を保つという意味は、本件発明におけるような鏡面程度の極めて完全な平滑性を保つことではない。引用発明の合板の基材はチップボード等である(甲第三号証訳文二頁一一行から一三行まで)。このチップボードとは、木材小片を接着剤で固めたものであり、その表面の凹凸は一〇〇ミクロンの単位であって、手で触ってもザラザラが分かる程度のものである。したがって、「樹脂が基材の凹凸のある表面に流れ、その結果化粧面上に均質な面の形成を妨げるために、・・・基材の構造が現れてしまうという欠点があった」(甲第三号証訳文三頁一五行から一八行まで)、「基材にある凹凸面が化粧仕上げ面にも発生し、木材チップが化粧仕上げ面の素材内部に入りこむ・・・このため加圧加工後化粧面に不規則な凹凸面が生じる」(甲第三号証訳文五頁五行から八行まで)、「これらの中間層フィルムは、プレス加工の熱を受けたとき、非常に硬いという点で優れており、基材の表面凹凸部や孔部に押込められることなく、むしろそれらの凹凸部や孔部を横切って橋をかける」(甲第三号証訳文七頁一九行から八頁二行まで)という際の凹凸もその程度のごく大まかな凹凸を指す。したがって、引用例にいう「完全に平坦で、でこぼこのない、非難の余地のない化粧面を形成する」(甲第三号証訳文六頁一七行から一八行まで)という記載も、この程度の大まかな凹凸は防止できるということを目的とし、かつそのような効果を達成したものである。そのことは、引用例における合板の表面は、化粧仕上げ面、即ち「熱硬化性樹脂を含浸させた繊維性材」(甲第三号証訳文二頁三行から四行まで)そのものであり、この面が合成樹脂からなる塗膜の仕上げ表面として得られる鏡面とは程遠い面であることからも明らかである。

要するに、引用発明が解決しようとした課題は、「樹脂が基材の凹凸のある表面に流れ、その結果化粧面上に均質な面の形成を妨げる」(甲第三号証訳文三頁一五行から一六行まで)、「比較的高濃度で熱硬化性樹脂を含浸させた各フィルムは収縮する傾向があるため、多少仕上げパネルに「そり」が生じる」(甲第三号証訳文三頁二〇行から四頁三行まで)、「各ベニヤの実際の構造が化粧仕上げ面の表面に現れる」(甲第三号証訳文四頁一七行から一八行まで)、「化粧仕上げ面が加圧温度で軟化するため、基材にある凹凸面が化粧仕上げ面にも発生し、木材チップが化粧仕上げ面の素材内部に入りこむ・・・このため加圧加工後化粧面に不規則な凹凸面が生じる」(甲第三号証訳文五頁五行から八行まで)、「高温加圧されて複数の裏打ちフィルムが総て軟化し、木材チップ材のでこぼこの構造が再現される」(甲第三号証訳文五頁一二行から一四行まで)、「各裏打ちフィルムの層内にスチーム気泡が生じる」(甲第三号証訳文五頁一六行から一七行まで)、「各裏打ちフィルムに収縮が生じ・・・収縮が生じるとパネルに多少そりが生じる」(甲第三号証訳文五頁一八行から二〇行まで)等の欠点を解決することにある。したがって、本件発明とは全く目的、効果を異にする。

請求の原因四2(四)の(2)中、引用例に加熱加圧時の湿度による熱硬化性樹脂含浸硬化紙層の変形がないことが記載されているとの点は争い、その余は認める。

請求の原因四2(四)の(3)は争う。

第一に、引用発明には湿度の変化による基材の変形については、明示も暗示もない。第二に、本件発明の技術的課題は十分な強度の中間材を探すという点にのみあるのではない。第三に、加熱加圧時の変形と合板製造後の経時的な温湿度変化による変形とは、技術的意義が異なる。本件発明の目的の記載から知られるように、本件発明においては、合板製造時の変形はなんら問題ではない。仮にその際加熱、加圧により塗装下地面に若干の凹凸が生じたとしても、化粧単板を研削して平滑にし、その表面を塗装して更にその塗装表面を研削し、次いで研摩して仕上げれば良いのであって、加熱、加圧時の再現性は特には問題とならず、加熱、加圧時の再現性と経時変化が少ないという特性とは直接には関連性を有しない。

本件発明においては天然銘木等の美しい木目を生かすために、木材単板を化粧用表面材として用い、木材単板を使う結果としてこの化粧材を保護するために塗装を施し、またこの塗装をする結果として塗装を鏡面状に仕上げる必要性と実行可能性が生ずる。一方、引用発明においては、前記のとおり、大ざっぱな凹凸を無くすことに注意が払われ、塗装を施すことや鏡面をもたらすこと等は、発明の目的の範囲外である。

してみれば、引用発明を知っている者であっても、鏡面塗装の下地面としての化粧用単板の動きを押さえるためにその技術をすぐ様試みるということはないのであって、本件発明は発明者達が種々の実験を繰り返し、どうしたら鏡面塗装の下地としての完全な物が得られるかという研究の成果として生まれたものである。

さらに、効果について比較すると、本件発明においては、塗装の基盤たる化粧用単板が安定し、塗装表面の平滑性が得られ、温度や湿気により膨張、収縮しがちな芯材及び化粧用単板を、熱硬化性樹脂含浸硬化紙層が抑制し、もって塗装面のゆがみを防止する。一方、引用発明においては、化粧用単板が元々存しないし、かつ表面を塗装することは予定されていないので、このような効果を奏するすべもなく、また、化粧仕上げ面と中間層フィルムとは一体化してしまうのであるから、一方が他方の膨張、収縮を抑制するということはない。したがって、本件発明と引用発明の効果には著しい相違がある。

5  請求の原因四2(五)は争う。

本件審決が、引用発明から本件発明を容易に推考することができないとした判断は正当であり、何の誤りもない。

第四  証拠関係

証拠関係は、記録中の書証目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本件発明の要旨)及び三(本件審決の理由の要点)は当事者間に争いがない。

二  本件発明について

成立について当事者間に争いのない甲第二号証(本件発明の特許出願公告公報)によれば、本件発明の目的、構成、効果は次のとおりであると認められる。

1  本件発明の目的

(一)  本件発明は、ピアノ、オルガン、家具等に使用される生地塗り塗装仕上げの化粧合板の製法に関するものであり、特に高級ピアノに使用される天然銘木の木目のみえる生地塗り塗装仕上げの化粧合板の製法に関するものである(甲第二号証1欄二五行から二九行まで参照)。

(二)  従来、この種の化粧合板は、芯材に木材の化粧用単板を塗装台板として接着し、その上に透明塗装を施して作っていた。その塗装表面を鏡のように平滑に仕上げるには、多くの手数と費用と工程日数を要した。それにもかかわらず周囲の温度変化により、芯板の内部に伸縮等が起こり、これが凹凸となって平滑に仕上げた塗装表面に現出しやすかった。

化粧用単板が薄い天然木材のスライスでかつ芯材が木材であるため、その表面塗装は前述のように充分に注意を払い、多くの塗装工程とその平滑化工程を加えてもなお塗面の平滑さを長期間平滑に保つことは困難であった。

本件発明の第一の目的は、注意深い配慮と多大の時間とを必要とした塗装工程を簡潔化し、然も塗装の品質向上を計り、もって良好な塗装仕上げ面を有する木目の見える生地塗り塗装仕上げの化粧合板を得る方法を提供することにある(甲第二号証1欄三〇行から2欄三二行まで参照)。

(三)  また、従来の化粧合板の製法として、化粧用単板と添芯単板(一・五~二mm程度の木材板からなる)と芯材とを接着重合して積層合板を作り、シーズニングして自然な動きを出した後、表面をサンディング等により平滑化して、次に透明塗装をする方法がある。この方法によってえられた化粧合板は、透明塗装をするので化粧用単板は外界からの機械的外力や温湿度から保護され、美観も保たれる。しかし、芯材の動き、特に温湿度の影響による又は接着時に含まれる水分の移動拡散による伸縮等が表面に微小凹凸となって現出し、塗膜の平滑性を劣化させる(塗膜にうつる景色がゆがんでくる)。その上、該化粧合板は全面が木材のため、芯材の動きを遮蔽する力又は強度が添芯単板にも化粧用単板にも不足する。

本件発明のもう一つの目的は、芯材の動きが合板表面、したがって塗膜表面まで伝導することを防ぎ、かつ塗装合板の表面から水分が合板内部まで微小ながら拡散伝達(又は移動)するのを防ぎ、もって塗装表面の平滑性を保護する化粧合板を得る方法を提供することにある(甲第二号証2欄三三行から3欄一六行まで参照)。

2  本件発明の構成

(一)  請求の原因二(本件発明の要旨)のとおりの構成(甲第二号証1欄の特許請求の範囲の欄)。

(二)  本件発明の第一の特徴は、化粧用単板(天然の木材をスライスして作った化粧用単板)と芯材との間に熱硬化性樹脂含浸硬化紙層を介在せしめた点にある。

本件発明の第二の特徴は、工程(1)においてまず三種の層構造を有する合板を完成させ、然る後に工程(2)においてその合板の化粧用単板層の表面に透明塗装を施すことにある。

熱硬化性樹脂含浸紙層としてはフェノール樹脂を含浸、硬化させたものが最も代表的であるが、他にポリエステル、メラミン、ジアリルフタレート等を含浸、硬化させたものも使用できる。芯材、化粧用単板及び透明な表面塗装膜については従来の技術で通常用いられていたものが適宜使用できる(甲第二号証3欄二三行から4欄五行まで)。

3  本件発明の効果

本件発明の方法によって得られる化粧合板の主な利点は次のとおりである。

(一)  仕上塗膜面上の品質向上

熱硬化性樹脂含浸硬化紙層(約〇・五〇~一・八〇mm)により温湿度変化によって芯材中に生ずる動きが規制され安定化されるので、最初の平滑性が保持される。またこの厚膜層の存在によって塗装下地面として安定化されるため塗装割れの危険性も極めて少なくなり、塗装の品質が向上し製品価値を高める。

(二)  芯材の安定化

化粧用単板と熱硬化性樹脂含浸硬化紙層と芯材とからなる積層合板を塗膜形成に先がけて完成させるので、接着剤中の水分が接着後拡散し合板の表面から飛散して合板は乾燥し、合板中にとじ込められる水分が減少し、空気中の水分と平衡状態を保ち、そのために芯材が安定化し、化粧合板の表面の平滑化に与える悪影響が少なくてすむ(甲第二号証4欄一五行から三三行まで参照)。

三  引用発明について

成立について当事者間に争いのない甲第三号証(英国特許第八六五八五二号明細書一九六一年(昭和三六年)四月一九日発行)によれば、引用発明について次のとおりの事実が認められる。

1  引用発明は、化粧仕上げ面を有する木材繊維、チップボード又は各種の合板のパネルを製造する方法に関するものである(甲第三号証訳文一頁末行から二頁二行まで)。

2  引用発明の技術課題

(一)  むらのない面を作り出すために、木材繊維、チップボード及び各種合板の上で、熱硬化性樹脂を含浸させた化粧面の下側に、一層又はそれ以上の中間フィルムを用意することは公知の方法である。この目的のために、フェノール樹脂を含浸させたクラフト紙が主として使用される。しかし、この方法は樹脂が基材の凹凸のある表面に流れ、その結果化粧面上に均質な面の形成を妨げるために、複数層のフィルムをとおして基材の構造が現れてしまうという欠点があった。さらに複数枚の裏打ちフィルムを使用した場合、裏打ちフィルムの内側に気泡が生じるという危険が生まれる。もう一つの欠点は、比較的高濃度で熱硬化性樹脂を含浸させた各フィルムは収縮する傾向があるため、多少仕上げパネルに「そり」が生じる結果となる(甲第三号証訳文三頁八行から四頁六行まで)。

(二)  又、例えばチップボードパネルの場合、化粧仕上げ面をできるだけでこぼこのない平らな面にするため、化粧箔の下側にベニヤを配する方法も既に公知な方法である。しかしベニヤが多かれ少なかれ基材の凹凸面に押しつけられるため、必要とする効果は得られない。さらにこの公知の方法は、必要とされる大きなサイズのベニヤが実際上得られぬため、広い面積を持つものに応用することができない。必要サイズのベニヤを用意するために複数枚のベニヤを結合させた場合、各接合部が化粧仕上げ面の表面にはっきりと現れることが経験的にわかっている。さらに各ベニヤの実際の構造が化粧仕上げ面の表面に現れる。このようにして製作したパネルの別な欠陥は、各ベニヤがプラスチック層の下側で動きやすい状態にあるために割れる傾向があるということである(甲第三号証訳文四頁七行から二頁二行まで)。

(三)  もう一つの公知の方法として、チップを締めつけないままのチップボード素材に、加熱、加圧によりプラスチック含浸紙を適用するものがある。この方法の欠陥は、化粧仕上げ面が加圧温度で軟化するため、基材にある凹凸面が化粧仕上げ面にも発生し、木材チップが化粧仕上げ面の素材内部に入りこむことである。このため加圧加工後化粧面に不規則な凹凸面が生じる結果となる。こうした問題を排除するため、化粧面の下側に一層又は数層の裏打ちフィルムを配する数々の試みがなされてきた。しかし、これらの方法でも、高温加圧されて複数の裏打ちフィルムが総て軟化し、木材チップ材のでこぼこの構造が再現されるため、化粧仕上げ面に満足すべき表面を作り出すことができなかった。さらに、前記(一)と同じく、裏打ちフィルムの内側に気泡が生じる、あるいは、多少仕上げパネルに「そり」が生じる結果となる(甲第三号証訳文五頁二行から二〇行まで)。

3  引用発明の構成

(一)  前記請求の原因三(本件審決の理由の要点)3(二)に「引用例の特許請求の範囲」として認定されたとおりの特許請求の範囲第1項。

(二)  引用発明の方法は、中間層フィルムをその製造時又は使用前に完全に硬化させること、そしてそれを硬化された状態において、化粧仕上げ面と基材との間に挿入することから成る。硬化された中間層フィルムには接着性が無いため、例えば接着フィルムを各中間層フィルム間又はこの中間層フィルムの下側に配する(甲第三号証訳文六頁四行から九行まで)。

4  引用発明の効果

(一)  硬化されたフィルムは、流動性がない層であり、したがって中間層フィルム上に基材の構造を再現することのない層である。さらに、加熱、加圧処理をしたときに中間層フィルムがそれ以上変形することは経験上ないから、前述の収縮を生じさせるという望ましくない傾向は生じない。このため加圧加工した木材ファイバーパネル、木材チップパネル、合板又は複合パネルの表面に完全に平坦で、でこぼこのない、非難の余地のない化粧仕上げ面を形成することができる(甲第三号証訳文六頁一〇行から一八行まで)。

(二)  これらの中間層フィルムは、プレス加工の熱を受けたとき、非常に硬いという点で優れており、基材の表面凹凸部や孔部に押し込められることなく、むしろそれら凹凸部や孔部を横切って橋をかけるのである。さらに木材チップは、硬化された中間層フィルム内に入りこむことはできない(甲第三号証訳文七頁一九行から八頁四行まで)。

四  認定判断の誤り第1点について

1  右当事者間に争いのない請求の原因三(本件審決の理由の要点)の3(三)中の、「引用発明において、そこで使用する熱硬化性樹脂を含浸した繊維材料からなる化粧仕上げ材を加熱硬化したものが、本件発明の化粧用単板に相当すること、及び引用発明の目的物のパネルは、チップボードなどの基材上に接着剤層を置き、この上に前記化粧仕上げ材を置き、これらを加熱加圧して接合一体化したものであること」との部分は、その記載内容や前後の文脈からみて、本件審決が引用例中の特許請求の範囲や作用効果の記載に基づいて、引用発明の技術内容を認定し、その技術課題と本件発明の技術課題との対比の基礎としたものと認められる。

即ち、本件審決が右に認定した引用発明の構成の骨子は、基材と化粧仕上げ材との二つの素材を貼合わすという製法で、その基材はチップボードなどであり、化粧仕上げ材は熱硬化性樹脂を含浸した繊維材料からなるもので、加熱硬化したものであり、基材と化粧仕上げ材との貼合わせは両者の間に接着剤層を置き、これらを加熱加圧してパネルを製作するというものである。

したがって、本件審決が認定した引用発明の構成を本件発明の構成に対比し易いようにまとめると、「熱硬化性樹脂を含浸した繊維性材料からなる化粧仕上げ材と基材とを接着剤で貼り合わせ積層して合板を作る工程からなる化粧合板の製法」ということになる。

2  請求の原因四1(三)中、次の事実は当事者間に争いがない。

「引用例の明細書の特許請求の範囲第一項には、「熱硬化性樹脂を含浸させた一枚の繊維性材料から成る化粧仕上げ面をもつ木材繊維パネル、チップボードパネル又は各種合板パネルを製造するための方法であって、これらパネルにおいては、熱硬化性樹脂を含浸させ、使用前に完全に硬化させられたクラフト紙又は別な繊維性材料から成る一枚又はそれ以上の中間層フィルムが化粧箔と基材間に挿入され、接着剤により、そこへ固定され、そして互いに固定され、化粧仕上げ面に対して固定される方法」と記載されている。

この特許請求の範囲中には、このパネルを構成する素材として、中間層フィルムと化粧箔と基材の三つが挙げられている。この化粧箔と化粧仕上げ面とは名称は異なるが同じ素材を示しているとみることができるから、「熱硬化性樹脂を含浸させた一枚の繊維性材料から成る化粧仕上げ面」とこの化粧箔は同じものである。そして、基材と中間層フィルム、中間層フィルムが数枚のときは中間層フィルム同士、それぞれが接着剤で接着され、化粧仕上げ面と中間層フィルムとは通常加熱加圧で接着されることが示されている。

即ち、引用例の特許請求の範囲に記載された発明の構成を本件発明の構成に対比し易いように記載すれば、「熱硬化性樹脂を含浸した繊維性材料からなる化粧仕上げ面と熱硬化性樹脂含浸硬化紙層と基材とを貼り合わせ積層して合板を作る工程からなる化粧合板の製法」ということになる。」

3  右1及び2の事実を比較すれば、1の本件審決の引用発明の技術内容の認定は、2の引用例の特許請求の範囲の欄に記載された発明の技術内容と相違することは明らかであり、かつ、前記甲第三号証によれば、引用例には、引用発明が右1の本件審決が認定したとおりのものであることを認めるに足りる記載のないことが認められるから、右1の本件審決の引用発明の技術内容の認定は誤りである。

本件審決は、右誤った引用発明の技術内容の認定を基礎として、引用発明の技術課題と本件発明の技術課題とを対比し、右認定の技術内容を考慮すると、引用発明には本件発明の解決した技術課題は存在しない旨判断し、そのことを「本件発明は、引用例の記載から、当業者が容易に発明することができた程度のものである、ということはできない。」旨の結論の根拠の一つとしているのであるから右は重大な事実誤認である。

4  被告は、本件審決が引用発明の特許請求の範囲を正しく引用した以上、引用発明の技術内容を正しく認識していることが明らかであり、本件審決中、請求の原因三(本件審決の理由の要点)3(二)の特許請求の範囲の記載の引用に引き続く部分の認定及び同3(三)中の「そこで使用する熱硬化性樹脂含浸硬化紙層の作用機能も、・・・」との認定が、引用発明の構成に合致している点からも、本件審決が中間層フィルムの存在を含めて、引用発明を正確に把握していたことが明らかである旨、並びに、前記1記載の本件審決の部分は、引用発明の技術的内容(構成要件)ではなく、本件発明が解決しようとした技術課題と引用発明が解決しようとした技術課題とを比較した部分であり、引用発明の技術的課題及び作用機能を抽出するために有用な事項を述べたものに過ぎず、右部分には、若干の舌足らず又は誤記があるに過ぎない旨主張する。

本件審決が、請求の原因三(本件審決の理由の要点)3(二)において、引用例の特許請求の範囲の記載を正しく引用し、引用例中の引用発明の技術内容に関する記載を具体的に認定していることは、前記当事者間に争いがない請求の原因三と前記甲第三号証との対比から明らかである。

しかし、本件審決が、引用例の特許請求の範囲の記載を正しく引用し、あるいは他の部分で熱硬化性樹脂含浸硬化紙層について言及していても、本件審決は、結局、正しい引用発明の技術内容によらず、前記誤った引用発明の技術内容の認定を基礎として、引用発明の技術課題と本件発明の技術課題とを対比し、右誤った認定の技術内容を考慮すると、引用発明には本件発明の解決した技術課題は存在しない旨判断していることは明らかであり、その瑕疵は、単なる舌足らずあるいは誤記にすぎないものということはできない。

五  認定判断の誤り第2点について

1(一)  本件審決が、請求の原因三(本件審決の理由の要点)3(一)のとおり、即ち、次のとおり認定判断したことは当事者間に争いがない。

「本件特許明細書の記載、たとえば「化粧用単板が薄い天然木材のスライスでかつ芯材が木材であるため」(甲第二号証2欄二三行から二四行まで)、「従来の化粧合板の製法として、化粧用単板と添芯単板(一・五~二mm程度の木材板からなる)」(甲第二号証2欄三三行から三四行まで)等の記載からみて、本件発明の目的とする化粧合板は、芯材と化粧用単板を積層した全体が木材板であって、このような構成にもとづいて、「周囲の温度変化により芯板の内部に伸縮等が起こり、これが凹凸となって平滑に仕上げた塗装表面に現出し易すかった」(甲第二号証2欄九行から一一行まで)、及び「該化粧合板は全面が木材のため、芯材の動きを遮蔽する力または強度が添芯単板にも不足する」(甲第二号証3欄八行から一一行まで)等の技術課題が存在したことが認められる。

そして、本件特許明細書の記載からみて、本件発明においては、上記熱硬化性樹脂含浸硬化紙層を使用することにより上記技術課題を解決し、上記化粧合板の製造後の芯材の温湿度変化による芯材の動きを規制し、透明塗膜の平滑性を保持するという作用効果を奏することは明らかである。

(二)  本件審決は、その上で、引用発明について検討して、請求の原因三3(三)のとおり、「引用発明には、本件発明の解決した上記技術課題は存在しないし、そこで使用する熱硬化性樹脂含浸硬化紙層の作用機能も、目的物のボードの製造工程の加熱加圧処理で生ずる技術課題を解決するものであって、本件発明の熱硬化性樹脂含浸硬化紙層とは作用機能を異にする、と認められる。」とし、同三3(五)のとおり「本件発明と引用発明で使用する熱硬化性樹脂含浸硬化紙層は、その作用機能を異にし、かつ引用発明には、本件発明の解決した技術課題が存在しないこと、さらには本件発明は、その要旨とするところにより、本件特許明細書に記載のすぐれた効果を奏し得たものであると認められることを考慮すると、本件発明は、引用例の記載から、当業者が容易に発明することができた程度のものである、ということはできない。」と認定判断している。

(三)  右のような本件審決の認定判断の論旨によれば、本件審決は、前記二認定の本件発明の技術課題、その解決手段としての構成及び作用効果のうち、右(一)に引用した本件審決の認定判断にかかるものだけを引用発明のそれと対比した結果により、その余の点については判断を示さないままに「本件発明は、引用例の記載から、当業者が容易に発明することができた程度のものである、ということはできない。」と判断しているものである。

したがって、前記二2(二)認定の本件発明の特徴のうち、工程(1)においてまず三種の層構造を有する合板を完成させ、然る後に工程(2)においてその合板の化粧用単板層の表面に透明塗装を施すという工程の順序及び透明塗装を施すこと自体やその表面の平滑性の程度の進歩性については本件審決は判断を示していないものと認められるから、審決取消訴訟である本件においては、本件審決が判断を示した前記の点について原告主張の取消事由の有無を検討する。

2  前記二認定の事実によれば、本件発明は、従来技術である「化粧単板と芯材とを積層してその上に透明塗装を施して化粧合板を製造する方法」及び「化粧用単板と添芯単板と芯材とを接着重合して積層合板をつくりシーズニング後透明塗装を施して化粧合板を製造する方法」では、製造後の温湿度の変化により、芯材の内部に生ずる伸縮が凹凸となって平滑に仕上げた塗装表面に現出するという問題点があり、これを防ぐという技術的課題を、化粧用単板と芯材との間に中間材として硬化させられ変形しない熱硬化性樹脂含浸硬化紙層を介在させ、芯材の伸縮による凹凸が生じても中間材が変形しないようにし、芯材の凹凸が化粧単板に伝わらないよう遮断することにより解決したものと認められる。

また、前記三認定の事実によれば、引用発明は、従来の「木材繊維、チップボード及び各種合板の上で、熱硬化性樹脂を含浸させた化粧面の下側に、フェノール樹脂を含浸させたクラフト紙等の一層又はそれ以上の中間フィルムを積層する合板の製造方法」、「チップボードパネルと化粧箔との間にベニヤを配して積層した合板の製造方法」及び「チップを締めつけないままのチップボード素材と化粧仕上げ面との間に一層又は数層のプラスチック含浸紙を積層した合板の製造方法」では、製造過程の加熱加圧により中間材が基材の凹凸にしたがって変形するため化粧面上に基材の凹凸が現れてしまうという欠点等があり、これを解決する技術的課題を、化粧仕上げ面と基材(芯材)との間に、熱硬化性樹脂を含浸させ、使用前に完全に硬化させられ変形しないクラフト紙又は繊維性材料からなる一枚又はそれ以上の中間層フィルム(熱硬化性樹脂含浸硬化紙層)を介在させ、基材の凹凸により中間材が変形しないようにし、基材の凹凸が表面材に伝わらないよう遮断することにより解決したものと認められる。

したがって、本件発明も引用発明も共に、化粧合板の芯材の凹凸が中間材を介して表面に現出する問題点を、芯材と化粧表面との間に硬化させられ変形しない熱硬化性樹脂含浸硬化紙層を介在させ、芯材の凹凸を遮断することによって解決したものであり、本件発明と引用発明とは、技術課題とその解決手段の作用機能を共通にするものと認められる。

引用発明と本件発明との間には共通の技術課題は存在せず、引用発明で使用する熱硬化性樹脂含浸硬化紙層の作用機能は本件発明の熱硬化性樹脂含浸硬化紙層の作用機能とは異なるとする本件審決の認定判断は誤りである。

3(一)  被告は、引用発明には湿度の変化による基材の変形については、明示も暗示もなく、加熱加圧時の変形と合板製造後の経時的な温湿度変化による変形とは技術的意義が異なり、加熱加圧時の再現性と経時変化が少ないという特性とは直接には関連性を有するものでなく、本件発明においては、合板製造時の加熱加圧による再現性は問題とならない旨及び引用発明の技術課題には湿度の変化に対抗するという点がない旨主張する。

そして、請求の原因四2(四)(2)の事実中、引用例に加熱加圧時の湿度変化による熱硬化性樹脂含浸硬化紙層の変形がないことが記載されている旨の主張を除く部分、つまり、「本件発明の場合は、製作後の経時的な温湿度変化によって変形しないものであるのに対し、引用発明の場合は、加熱加圧時の温度変化によって変形しないものしか記載されていないという点の相違があること、即ち、本件発明において作用効果として記載されるのは、本件発明の方法により製作された製品が経時的な温湿度変化により変形しないことであり、したがって、本件発明の中間材として熱硬化性樹脂含浸硬化紙層を採択するに当たっては、その製作後の経時的な温湿度変化による変形の有無が考慮されるのに対し、引用発明において中間材としての熱硬化性樹脂含浸硬化紙層について、温度変化による変形がないというのは、加熱加圧時におけるものであって、製作後の製品の経時的な温湿度変化による変形の有無については何の記載もないこと」は当事者間に争いがない。

しかし、前記のとおり、引用例において、「硬化されたフィルムは、流動性がない層であり、したがって中間層フィルム上に基材の構造を再現することのない層である。さらに、加熱、加圧処理をしたときに中間層フィルムがそれ以上変形することは経験上ない」とされているのであるから、引用発明における中間層フィルムである熱硬化性樹脂含浸硬化紙層は、加熱加圧時の強烈な温度、圧力の変化のもとにおいても、基材(芯材)の構造の凹凸を表面に伝えることがなく、また中間層フィルム自体も変形することがないものである。

また、成立について当事者間に争いのない甲第五号証の一ないし四によれば、熱硬化性樹脂は、硬化してしまえば耐熱性、耐水性に優れていることは本件出願当時周知の事項であったものと認められる。

したがって、引用発明の方法によれば、中間層フィルムである熱硬化性樹脂含浸硬化紙層が製造時の加熱加圧に耐えることができるということは、即ち、製造後の製品において経時的な温湿度変化による芯材内部の伸縮等に起因する凹凸が表面に現出することがなく、また、経時的な温湿度変化による中間層フィルム自体の変形もないことを意味しこのことは当業者にとって容易に想到できることである。

よって、被告の前記主張は理由がない。

(二)  また、被告は、本件発明の技術課題は、塗装工程を簡潔化し塗装の品質向上を図ること、芯材の動きが塗装表面まで伝導することを防ぐこと、塗装合板の表面から水分が合板内部まで拡散伝達するのを防ぐことにあり、十分な強度の中間材を探す点にのみあるものではない旨主張する。

しかし、前記二1(二)認定のとおり、塗装工程を簡潔化し塗装の品質向上を図るという目的は、化粧用単板が薄い天然木材のスライスでかつ芯材が木材であるため、その表面塗装に充分に注意を払い、多くの塗装工程とその平滑化工程を加えても、周囲の温度変化により、芯板の内部に伸縮等が起こり、これが凹凸となって平滑に仕上げた塗装表面に現出しやすく、塗面の平滑さを長期間平滑に保つことは困難であったという従前技術の問題点に対応するものであり、また、前記二1(三)認定のとおり、芯材の動きが塗装表面まで伝導することを防ぐという目的も、化粧用単板と添芯単板と芯材とを接着重合して積層合板を製造する方法で製造された化粧合板は、全面が木材のため、芯材の動きを遮蔽する力又は強度が添芯単板にも化粧用単板にも不足するという従前技術の問題点に対応するものであることは明らかであり、結局は化粧合板の芯材の凹凸が中間材を介して表面に現出する問題点を解決するという目的に帰着するものである。

更に、芯材の凹凸が中間材を介して表面に現出する問題点の解決方法として熱硬化性樹脂含浸硬化紙層を採用することに想到した当業者であれば、周知の熱硬化性樹脂の性質から熱硬化性樹脂含浸硬化紙層が微小ながら水分が表面から合板内部まで拡散伝達するのを防ぎ、塗装表面の平滑性を維持保護する技術課題をも解決する手段でもあることは当然に想到できる程度のことと認められる。

被告の主張は採用できない。

(三)  被告は、引用発明における、製造工程における加熱、加圧に耐えて平滑性を保つという意味は、本件発明におけるような鏡面程度の極めて完全な平滑性を保つことではなく、引用発明が問題とする平滑性の程度は本件発明と全く異なる旨及び本件発明においては天然銘木等の美しい木目を生かすために、木材単板を化粧用表面材として用い、木材単板を使う結果としてこの化粧材を保護するために塗装を施し、またこの塗装をする結果として塗装を鏡面状に仕上げる必要性と実行可能性が生ずるのに対し、引用発明においては、大ざっぱな凹凸を無くすことに注意が払われ、塗装を施すことや鏡面をもたらすこと等は、発明の目的の範囲外である旨主張する。

そして、塗装を施すこと自体や塗装の表面を鏡のような平滑さとすることが引用発明の目的、構成に含まれないことは、前記三認定の引用発明の目的、構成及び効果から明らかである。

しかし、本件審決は、塗装を施すか否かや塗装の表面の平滑さの程度そのものについては本件発明と引用発明との差異として対比し判断しているものでないことは前記1のとおりであり、本件発明と引用発明が、表面塗装を施すことや鏡面をもたらす点で目的を同じくするか否かは本件訴訟における判断の対象ではない。したがって、芯材の凹凸が中間材を介して表面に現出する問題点を熱硬化性樹脂含浸硬化紙層を使用することにより解決しようとする技術課題の同一性の有無、その作用機能の同一性の有無についての本件審決の認定判断の当否に関係する限りで、表面に塗装を施すことやその表面の平滑性の程度について、以下に検討する。

(1) 前記甲第二号証によれば、「塗装表面を鏡のように平滑に仕上げるためには、ポリエステル等の下塗り塗料を四回程度塗り、乾燥後表面を平滑にするためサンディングを行い最後に上塗り塗料を塗り更に研摩仕上げしている」ことが認められ、右事実によれば、塗装後の表面が鏡のようであるか等の平滑性の程度は、塗装工程における処理によるものと認められる。したがって、引用発明における中間材が芯材の凹凸を遮断する作用が弱く表面材に塗装工程では平滑に処理できないような凹凸を生じさせる場合か、同じく中間材が製造後の芯材の温湿度変化による芯材の動きを規制する中間材としては大まかな動きしか規制できず、鏡のように平滑に仕上げた塗装表面に悪影響を及ぼす微小な動きは規制できないものでない限り、塗装するか否か及び塗装表面の平滑性の程度は、本件発明と引用発明との、熱硬化性樹脂含浸硬化紙層を使用することにより解決しようとする技術課題の同一性の有無、その作用機能の同一性の有無についての本件審決の認定判断の当否に関係するものではない。

(2) 本件発明において、基材は本件発明の要旨では「芯材」という以上に限定はなく、前記甲第二号証によれば、従来技術においては、芯材はラワン等の合板が通常使用される(甲第二号証2欄一八行から一九行まで)ことが認められるところ、前記二2(二)に認定のとおり本件発明の「芯材・・・については従来の技術で通常用いられていたものが適宜使用できる」のであるから、本件発明の芯材はラワン等の合板を含むものであることは明らかであるところ、前記甲第三号証によれば、基材のチップボードの代わりに合板が使われる場合があることが引用発明の例1として記載されている(甲第三号証訳文八頁六行から九頁四行まで)ことが認められ、基材については本件発明と引用発明との間に差異はない。

また、本件発明において、表面材は本件発明の要旨では「化粧用単板」と表現され、前記二2(二)のとおり「天然の木材をスライスして作った化粧用単板」と説明がされており、「化粧用単板・・・については従来の技術で通常用いられていたものが適宜使用できる」とも説明されているところ、引用発明においては、表面材は、前記三3(一)のとおりその特許請求の範囲で、「化粧箔」あるいは「熱硬化性樹脂を含浸させた一枚の繊維性材料からなる化粧仕上げ面」と表現されているのであり、木材をスライスして作った単板は木材繊維性材料からなるものと認められるから、一枚の繊維性材料からなる化粧仕上げ面に極めて類似しており、表面材についても本件発明と引用発明との間に実質的な差異はない。

またその表面材の表面の平滑さについても、本件発明における化粧用単板の表面の平滑さの程度については、特許請求の範囲にも発明の詳細な説明中にも限定がないが、化粧用単板である以上一応の平滑性は備えているものと認められ、他方、引用発明においては、前記三4(一)のとおり、完全に平坦で、でこぼこのない、非難の余地のない化粧面を形成するものとされているのであるからこの点においても、両者の間には差異は認められない。

更に、本件発明の中間材が熱硬化性樹脂含浸硬化紙層であることは本件発明の要旨のとおりであり、引用発明の中間材が熱硬化性樹脂を含浸させ完全に硬化させられたクラフト紙の層を含むことは前記三3(一)認定の特許請求の範囲第1項のとおりであって、中間材についても本件発明と引用発明との間に差異はない。

(3) したがって、塗装の台板となる合板の構成そのものには本件発明のものと引用発明のものとでは実質的に差異がないから、引用発明における塗装の台板となる合板の表面は本件発明の塗装の台板となる合板の表面とは異なり、塗装工程では平滑に処理できないような凹凸があるものとも、引用発明における中間材は本件発明の中間材と異なり、製造後の芯材の温湿度変化による芯材の動きを規制する中間材としては大まかな動きしか規制できず、鏡のように平滑に仕上げた塗装表面に悪影響を及ぼす微小な動きは規制できないものともいうことはできない。

よって、塗装表面の平滑性の程度は、本件発明と引用発明との、熱硬化性樹脂含浸硬化紙層を使用することにより解決しようとする技術課題の同一性の有無、その作用機能の同一性の有無についての本件審決の認定判断の当否に関係するものではない。

被告の主張は採用できない。

(四)  被告は、本件発明と引用発明の効果には著しい相違がある旨主張する。

しかし、右(三)に判断したとおり、塗装の台板となる合板の構成そのものには本件発明のものと引用発明のものとでは実質的に差異がないから、芯材の凹凸が中間材を介して表面に現出する問題点を熱硬化性樹脂含浸硬化紙層を使用することにより解決する作用効果においても本件発明と引用発明の間には差異がないものと認められ、被告の主張は認められない。

4  前記2のとおり、本件発明も引用発明も共に、化粧合板の芯材の凹凸が中間材を介して表面に現出する問題点を、芯材と化粧表面との間に硬化させられ変形しない熱硬化性樹脂含浸硬化紙層を介在させ、芯材の凹凸を遮断することによって解決したものであり、本件発明と引用発明とは、技術課題とその解決手段の作用機能を共通にするものと認められ、前記3のとおり、中間材として熱硬化性樹脂含浸硬化紙層を採用したことによる効果も本件発明と引用発明との間に差異はないものであるから、本件発明において中間材として熱硬化性樹脂含浸硬化紙層を採用することは、引用例の記載に基づいて容易に想到できることと認められる。

よって、本件審決の、「本件発明と引用発明で使用する熱硬化性樹脂含浸硬化紙層は、その作用機能を異にし、かつ引用発明には、本件発明の解決した技術課題が存在しないこと、さらには本件発明は、その要旨とするところにより、本件特許明細書に記載のすぐれた効果を奏し得たものであると認められることを考慮すると、本件発明は、引用例の記載から、当業者が容易に発明することができた程度のものである、ということはできない。」との判断は誤りである。

六  以上のとおり、本件審決にはその主張の違法があるとして、その取消を求める原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 元木伸 裁判官 西田美昭 裁判官 島田清次郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例